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演技の神が下りる時

舞台の上で…

「役の人間としてセリフを発する」

「自分の言葉でセリフを発する」

一見、対極にあるように感じるこの二つのことが、重なる時があります。
つまり、舞台上で自分の心で反応し、その自分の心に従って自分の言葉でセリフを発しているのに、はたから見るとそれが「役の人間」としての反応であり、また役の言葉にもなっている時があるのです。そんな時は、まるで演技の神が下りてきたような錯覚さえ覚えます。

一体、どうすればそうなれるのか?

それは、舞台以外のところで「役の人間をいかに自分に染み込ませるか」が大事なのだと思います。

普段の自分に、十分に役の人間を染み込ませた上で、いざ板の上に立ったらセリフも何もかも忘れて、ありのままの自分で、相手役の言葉や動きに反応していく。それが、「役の人間」と「役者としての自分」を重ねる唯一の方法なのではないでしょうか。

だから、稽古初日からイキナリ神が下りてくる事などあり得ない。数か月、あるいは数年間という長い期間をかけて、「役の人間」を自分に染み込ませなければならないからです。

台本がボロボロになるまで読み込むという俳優の作業は、まさに「役の人間」を自分に染み込ませるための作業と言えるでしょう。

ロングラン公演で何百ステージと重ねている舞台の俳優さんも、…そう、例えば、『ドライビング・ミス・デイジー』の仲代達矢さんと奈良岡朋子さんにも、きっと神は下りまくっていることでしょう。



テーマ : 日記
ジャンル : 日記

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